東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)179号 判決
一 前掲請求の原因のうち、被告を特許権者とする本件特許発明について、特許無効審判の請求から審決の成立にいたる手続、明細書における特許請求の範囲の記載および審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考察する。
(一) 発明の要旨認定について
本件発明の明細書中、特許請求の範囲の記載(右に確定)および成立に争いのない甲第一号証(本件発明の特許公報)を総合すると、本件発明の要旨は審決認定の前示AないしEの要件を特徴とする麦の立割装置にあるものであることを認めることができる。
原告は、右Dの要件のうち、整流ロールの廻る方向について、右特許請求の範囲には「廻転ロールの反対方向」とあるのに、審決が「廻転ロールの反対方向(両者の相対する面において)」と認定したのは、本件発明の特許請求の範囲を変更することになる点からしても、絶対に許されず、違法である旨を主張する。
しかし、発明の特許請求の範囲中の文言の意味がそれ自体では不明確であつて両様に解される余地がある場合に明細書における他の記載部分を参考にして、その文言の有する意味内容を正確に解釈することは何ら差支えがないものというべきところ、一般に、外接する二個のロールの各廻転方向を表現するのに、両ロールのそれぞれの軸心に対する廻転方向をもつてするほか、両ロールの相対する面の廻転方向をもつてすることも往々見受けられる(例えば、成立に争いのない甲第一一号証によると、第六引用例の登録請求の範囲中、「回転胴ニ接触シテ之ト逆回転スベキ『ロール』4」との記載は、その第三図(別紙第二図面、〔編註〕省略)における矢印と対照すれば、右表現方法のうち後者に従つたものであることが明らかである。)から、本件発明の特許請求の範囲における整流ロールの廻る方向についての表現はそれ自体では必ずしも明確といえないが、前出甲第一号証によると、本件発明の明細書中、発明の詳細なる説明には「整流ロール8には多数の横溝9を附けたるが故に之により麦粒13は押し返されて廻転ロール5の誘導溝4に落ちる」と記載されていること、したがつて、右整流ロールはその横溝によつて麦粒を押し返す作用をするものであることが認められ、これに、本件発明の図面(別紙第一図面、〔編註〕省略)の第1図において廻転ロールおよび整流ロールに付された矢印をも参酌すると、右特許請求の範囲における整流ロールの廻る方向の記載は、廻転ロールと相対する面においてこれと反対方向であることを意味するものと解すべきである。もし、そうではなく、両ロールの各軸心に対する廻転方向が反対である意味に解するならば、麦粒は両ロールに挾まれて破砕されることになり、右明細書記載の整粒ロールの作用と全く矛盾することも右解釈の支えとなるものである。
したがつて、審決のこの点の認定は正当として是認することができるから、原告の主張は理由がない。
(二) 発明の実施能否について
(1) 本件発明における整流ロールの廻転方向は前段認定のとおりであるから、これに反する事実を前提として本件発明の実施を不能とする原告の主張は理由がない。
(2) 本件発明における整粒盤と誘導溝との関係については、前示のように、その明細書中、特許請求の範囲に「整流ロールに沿うて廻転ロールとの間隙を調整自在にした櫛歯状の整粒盤を置き、整粒盤に設けた櫛歯状の溝と廻転ロールの誘導溝が合致するようにした」(審決認定のE要件)との記載があるが、前出甲第一号証によると、右明細書中、発明の詳細なる説明には「麦粒13の大小に応じ櫛歯状の整粒盤10と廻転ロール5の間隙を調整し」とあるのみで、その調整に関する具体的実施態様の記載はないこと、一方、整粒盤と廻転ロールないしその誘導溝との作用効果としては「麦粒13は……………櫛歯状の整粒盤10の溝11と廻転ロール5の誘導溝4により構成されたる流動孔12に流れ、ここにおいて麦粒13は一定方向、即ち第七図に示す如くに並び、切断ロール7の切断刃6により褌に沿うて切断せられるものである。なお、本発明においては、麦粒13の習性上、廻転ロール5の誘導溝4を断面<省略>状となしたるため、麦粒13は第六図に示す如く誘導溝4上に安定し、正確に一定方向に流れ、その結果、麦粒13は褌に沿うて真中から二つに正確に切断せられるものである」と記載されていることが認められる。
そうすると、本件発明においては、整粒盤と廻転ロールとの間隙を調整自在とする具体的構成を何ら限定せず、したがつて、これを実施するに当つては、両者の間隙を装置の運転前に限らず、運転中においても、加工する麦粒の大小に応じて自在に調整する技術的手段を用いることになるものと解することができる。
されば、これを前提にし、かつ、一般に、麦粒のように扁平かつ長惰円体状の物が断面<省略>状および凹曲面状の両溝によつて形成される流動孔中を押圧力を受けながら進行するときは、いきおい、その溝の方向に沿うて縦向きになることを考えに入れて、本件発明の明細書の全体並びにその実施例を示す図面(別紙第一図面)を見直すと、本件発明において、麦粒は、同図面第6、7図の実施例のように、整粒盤10の内面が凹曲面になつている櫛歯状溝11と廻転ロールの断面<省略>状の誘導溝4とによつて形成される流動孔12の中を通過中、右櫛歯状溝の凹曲面から粒の大小に応じる適当な押圧力を受けて縦向きに並び(整粒され)、この状態で押圧力を受けながら進行し、整粒盤10の先端にある裂截部に達すると、同部を通るように設定された切断ロール7の切断刃6により中央部の褌に沿つて二つに切断され、所期の作用効果が生じるものであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はなく、したがつて、本件発明は十分に実施が可能であるというべきである。
原告は、本件発明においては、流動孔が単なる隧道であるため、その中を通過する麦粒を押えることができないとして、麦の立割の実施が不可能である旨を主張するが、右主張は、整粒盤と廻転ロールとの間の調整が装置の運転前のみに行われることに限定したことに基づくものであるから、本件発明の場合に妥当するものではない。
(3) 本件発明における整流ロールについては、前出甲第一号証によると、本件発明の図面中、第3、4図には、なるほど、その横溝9の段部の作用面が整流ロール自体の廻転方向を示す矢印と対向するように記載されているけれども、右明細書中、発明の詳細なる説明には、なお、その作用として「麦粒13は廻転ロール5と反対に廻る整流ロール8により重なることなく……………流れ」、「整流ロール8には多数の横溝9を附けたるが故に、之により麦粒13は押し返されて廻転ロール5の誘導溝4に落ちるものである」と記載されていることが認められるから、整流ロールのこのような作用に照らすと、右各図における整流ロールの横溝段部の形状は作用面が誤つて反対に描かれたものであることが明白であるとともに、整流ロールに、形状および個数の適当な横溝が附けられるのであれば、余分の麦粒を押し返して廻転ロールの誘導溝に落下させるという作用効果を望み得ることは認めるに難くないところである。
したがつて、整流ロールの図面上誤記された形状を根拠として本件発明を実施不可能とする原告の主張は理由がない。
(4) 原告は、そのほか本件発明が麦粒を一粒ずつ押えて切ろうとする技術思想において欠けるため、その実施は不可能である旨を主張するが、前記(2)に説示したところにより、右主張は失当というべきである。
(5) 結局、本件発明を実施不可能とする原告主張はいずれの点においても、排斥するほかはない。
(三) 発明の新規性について
原告は、本件発明を出願前公知の技術の湊合に過ぎないとし、中でも、本件発明において審決認定のDの要件を構成する整流ロールについては、第六引用例の麦粒縦切断器械におけるロール(4)に該当し、整流ロールに多数の横溝を設けたことは単なる設計上の問題である旨を主張する。
しかし、前出甲第一一号証によると、第六引用例の麦粒縦切断器械(別紙第二図面)には、回転胴(1)に接して表面が平滑なロール(4)が設けられているが、これは、余分の麦粒を落下させる目的で設けられたため、本件発明の整流ロールにおけるような横溝を備えず、したがつて、積極的に麦粒を押し返す作用をすることがなく、麦粒をたまに反撥することがあつても、廻転胴(1)の周囲と垂直に近い方向に反撥するだけで、上流側に戻す作用をしないことが認められるから、そのロールは、さきに説示したような構成の横溝を備え、これによつて麦粒を押し返して廻転ロールの誘導溝に落下させる作用をする本件発明の整流ロールと、構造はいうに及ばず、作用効果においても著しい差異があるものというべく、しかも、その差異をもつて単なる設計上の問題であるということはできない。
そうだとすれば、仮に本件発明を構成するその余の要件がすべて公知技術であるとしても、本件発明は、これらの要件に整流ロールに関する新規な要件を結合して構成され、これにより前記のように特段の作用効果を奏することができるものであるから、これを全体としてみるとき、単なる公知技術の湊合に過ぎないということができない。
(四) 以上のとおりであつて、本件審決に原告主張の違法があるということはできない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。